太宰治の「逆行」のなかの「蝶々」を読む。
短編で読みやすく好きである。太宰らしい文章のような気がする。
読んでいるうちに太宰が自分くらいの歳であったらどうだろうという想像が。
素人凡人の自分が書いてみた。太宰フアンには不興をかうかもしれないが。
「蝶々」
老人であった。人並以上に努力を重ねてたどりついた人生であった。
二度自殺をしそこなった。そのうち一度は情死であった。多くの小説を書いた。
芥川賞をとろうとしたこともあった。うすい胸、こけた頬になったのも嘘ではなかった。
老人の生涯において確かなことは生まれて、死んだことであった。
老人は今、病床にある。老人病である。
老人には広大な畑と大きな家があった。
いま死ぬことは残念とは思わなかった。自分の能力なりに生きた自負があった。
老人は眼をつぶると蝶蝶が見えた。白い蝶、むらさきの蝶、黄色い蝶。
眼の上を華麗に舞って飛んでいた。
額の上から声がした。なにか食べたいものはないのと言われて、
老人はソフトクリームが食べたいと答えた。初めて東京にでて食べたのがソフトクリームであった。
妻は買ってきた。老人はガブリと食べた。
人のいい、利口な妻は見舞いに訪れたたくさんの人の前で
相変わらずだねえと笑ったという。
太宰の意図とはまったく違うけれどただ太宰治に80才、90才まで生かしてみたかっただけである。